PC/AT互換機デスクトップ,といえば価格が魅力。といいつつあまりふつうに安価なものは購入したことなし。やすいのはだいたいアウトレットねらいだから。
主に我が家のデスクトップはサーバ用途で,どんなマシンも必ず一度はサーバとして使用されています。
それから,わかりにくいので書いておきますが,のに子XX号というのは基本的にガワ(ケース)に対して与えてあります。だから内蔵だけ移植しても名前は変
わらないということで,まあいろいろな混乱の元になっています。まあ詳細は各マシンの履歴をみていただくよりほかありません。
/ IBM Aptiva20j / 自作マシンのにこ1号 / のに子2号 / のに子3号 / のに子4号 /のに子5号 / DELL PowerEdge1300 / DELL Optiplex GX1 / HP Kayak XW series W3 / Dell Optiplex GX 50 / Dell Dimension 4600C /
その後キーボードもいきなりおかしくなって「次はCPUか」などと戦々恐々していましたが、結局それ以後はまだ動いているようです。さすがIBM。
2003年09月23日
実験用にかっておいてさんざん実験したあげく知人Sに売り飛ばしました。もともと店頭展示品でして,それを安く買った上にしょっちゅうOSのインス トールをかましていたのが災いしたのか,先日のに子がSの作成したデータのバックアップにいった際にハードディスクが壊れました。今度新しいハードディス クに交換しに行って来ます。
2001年8月15日
夫がネットワークの実験用に買ったものです。「簡単インターネット」というシールがデカデカ貼ってあるホームパソコンですが、配達された後すぐま ずその要である標準搭載のモデムカードを「こいつでインターネットはやらないから」と引っこ抜かれ、「ファイアウォールの実験をやりたい」と3基のPCI バスにネットワークカードを2枚挿され、WindowsだのLinuxだのBSDだのほぼ日替わりでOSを入れ替えられた気の毒なヤツです。今は小康状態 でWindows2000(対応してないって言われてるのに)で落ち着いています。
2000年5月25日
会社であまりにひどいマシンで超重量級グラフィック系アプリケーションを使わされている人があまりに不憫だったので「貸し出し」しました。いまは家にありません。がんばってもらいたいものです。ちなみに外に出すに当たってOSはWindows NT 4.0 Workstationにしました。Windows 98等は重い,長時間の使用で不安定になりやすいなどでようとを考えると不適当と思ったので・・・でも使いにくくおもわれてるんだろうなぁ。
2003年05月25日
ごく最近Sun Solarisが立て続けに人為的に停止させられたため,様々なバックアップ体制を整える必要を感じ始めたこともありIntel Solarisのインストールターゲットとなってしまいました(再)。
2002年08月01日
インストールなどを行うと突然再起動するトラブルが頻発するので,マザボを交換してみました。状況は結局改善されず,電源が原因ではないかと言うところで止まっています。いまちょっと遊んでいます(デスクトップ全体的に)。
2002年3月3日
実験用にAptiva 20Jを購入したりでむしろ素性の良さが実用的です。現在はふつうに稼働中。実は有線で2階のサーバから1階のマシンにデータを送るためにはケーブルが廊 下を這う必要があるため(一時期やっていたけど)ネットワークボードが無線LANになりました。CPUも交換されたり,ハードディスクも増強されたりで結 構イケてるマシンです。主にのに子が1階で家事をこなす傍らいじられるのが仕事になっています。
2001年8月15日
フツーに作ってフツーにできた非常に素性のいい自作AT機。ただしファンはむちゃくちゃうるさい。ずっと我が家のスタンダードなWindowsマシンとして活躍してきたのですが、わたしがThinkPad 600Eを買ってもらってからは夫が実験用に使い出し、よく転がされたり剥かれたりしているのを見かけるようになりました。今はSolaris 7が入ってます。
2000年5月25日
のにの要求で古いOS(RedHat 7.2)を使いたがったので改めてマシン全体で何とか一台古いOSに対応したマシンを作るためにとっかえひっかえ。結局はP4PEでテレビマシンとして1Fに設置しました。USB 2.0にも対応するので後ほどHDDを外付けしてバックアップなどにも使う予定。ELSA VISION-700TVを使用中。内蔵のLANおよびオーディオデバイスを使用して,録画・再生可能。
2004年3月27日
Dell Dimension 4600C を購入したためTVマシンを引退。普通にのに子のおもちゃマシンになった。
2004年2月7日
テレビが観られるパソコンを試作した後,最終的にテレビが観られるパソコンとして使用するマシンに選ばれました。ビデオとして使用するにはCPUパ ワーが必要ということもわかりましたのでCPUをCeleron 1.8GHzにしました。マザーボードは当初Albatronでしたが,Wake on LANに対応していないものを購入してしまったのでその後ASUS P4PEに買い換え,現在順調に稼働中。音楽ファイルを大量にリッピングしたり,テレビの画面をキャプったりしています。
2003年05月25日
Celeron 1.0GHz, 384MB メモリではのに子のバイトにパワー不足(本当かッ?)ということで正式におためしソフトウェアの実験環境ということになりました。またWebLogicや
WebShereなど適当にインストールしては実験し報告してくれるに違いありません。
ついでなのでリカバリCD-Rを作成しました。どうせまたすぐ再インストールが必要になるだろうから・・・。
2003年3月1日
まさに本日RicohのDVD+R/+RWを購入してこの間会社に持っていかれたのに子3号についでにもっていかれてしまったDVD-RWドライブのあいた部分に装着されました。ちゃんと動作したようなのでとりあえずユーザー登録しました。
2002年07月20日
のに子2号は結局ASUS TUSL2-C,1GHzのCeleronに置き換えられ(この当時)相当高速マシンになってしまいました。また諸般の事情からDVD-RWを購入するこ とになりそれも取り付けることになりました。おかげで我が家の最強に強まったマシンになってしまいました。余ったマザボはのに子1号に取り付けました。の に子1号が突然ハングアップ,再起動などを起こすのでマザボを疑ってみたりしたので。詳しくはのに子1号のリンクへ。
2002年3月3日
前回Melcoのケースがうるさかったがそれはいいとして,ケースが若干小さいのではないかということが明らかになってきた。また一時の勢いで購入と相成ったわけではなく,ViaVoice Millenniumがかなりの重量級アプリケーションだったこともありのに子1号ではCeleron 333 MHzだったものをPentium III 600 MHz(B)にパワーアップしたもの。前回の品定めに気をよくしてASUS P3B-Fを基準に構成するも,3Com 905B-TX + Solaris 8との微妙な相性の悪さが災いして全機種部品を取り替えっこしまくり。
現在のところCATVのネット接続に使用中。やはり外部からの侵入および悪意あるプログラムが怖いので(CATV局がルータの使用を禁止しているの もあるし)ネット接続専用のマシンになっています。ダウンロードが多いので適宜CD-Rにデータを焼き付けローカルに持っていっています。
2001年8月15日
RedHat 7.2およびSolaris 9をターゲットに部品を再構成しました。まあRedHatは結局XFree86を4.2.0以降にしなくてはいけませんが,まあインストールは可能なのでよしとしましょう。のに子5号に続くIntel Solarisマシンとなりました。3ComのNICを使用しています。あとDVD+R/+RWをRicohのものに交換しました。なぜかPioneerが調子悪くて。でも結局Primary MasterにHDD,SlaveにDVDをつないだときに限って問題が発生するみたいで交換は無駄だった様子です。
2004年3月27日
5号が不調のため,3号が1階のテレビマシンになってしまいました。2階は相変わらず2号が担当。ELSA VISION-700TVを使用している。わずかながら画質が良い。
キャプチャの際音声が録音されていないという事実が(5号に)判明したため代わりに3号にチューナーボードをインストール,動作確認後,新規Windows 2000
Professionalをインストールして1階へ。このときさすがにMatrox ParheliaはもったいなかったのでGeForce MX2に換装してしまいました。実際にTV画面を移す程度では十分だからな。
2004年1月2日
そののに子3号ですが結局のに子が最凶のいえ最強のマシンを手に入れたため一台余ったため,こちらをいただくことにしました。現在近くのちゃぶ台の 上に置かれて,時々モバイル用のノートPCの最セットアップ時などにバックアップをとるだけのために使っています。まあちょっともったいないですね。最近 近所の小学生のムスメたちが遊びに来て、パソコンでお絵かきなどさせてみたらたちまち関心を持ち始めみるみるうちに上達してきましたが、これもじきに彼女 らに使わせてやることになるのかなぁ。
2003年10月19日
すみません。「UNIX USERモニターレポート」で「自作マシンのに子2号」と言っていたのは実はのに子3号だったんですね。
まいっか。スペックはこっちのものをちゃんと書いてあるし。
モービルラック型HDDをガチャガチャ差し替えて、Linuxを動かしたり、Windowsのグラフィック環境を動かしたりしています。後者においてはASTEC-Xを入れて別の部屋にあるbladeなどSolarisマシンにリモートでアクセスしたりしてます。
2003年9月23日
会社から持って帰ってきましたのでグラフィック専用マシンとして使用することにしました。いつの間にかメモリも512
MBになっていますし,それなりにふさわしいといえるでしょう。またモニタとして液晶を使うこと,入出力にディジタル,つまりDVIを使うことを考えまし
た。それに関しては別途記事を書きましたのでそちらをご覧ください。
そうそう,かくとこないのでここに書きますが,USB接続のペンタブレットも購入しました。これに付属するPhotoshop Elements 2.0から本家Photosohp
6.0へのバージョンアップも行いました☆。意外に安くあがってびっくり。
2003年3月1日
とりあえずP2B-FとPentium III 600
MHzがついていたのですが,会社の仕事などを持って帰る予定が急に立ってしまい,まともなマシンにすることにしました。突然思い立ったためかなり無計画
でしたが新しい部品で組み立て直すことにしました。実はAthronにしようと思っていて事前に電源に求められている仕様(+3.3Vが15A以上でかつ
+3.3Vと+5.0Vの合計が150W以上であること)などを調べておいたのですが,妻曰く「やはりPentium
4でしょう」というのです。理由は比較的保守的な内容でしたが,私もばくち打ちではありませんのでやはりPentium 4にすることにしました。
結局Pentium 4 1.8GHz, MSIのi845のマザーボード,DDRSDRAMおよび80GBのハードディスクを購入することにしました。ちょっと前にPentium
III 600MHzとSDRAM 128 MBを同時に購入したときより安価ですんだことがプチショック。
自宅に戻りサクッとつくり,サクッと動作しました。ATX12対応(+12Vが10A以上)でない電源だと思っていたら容量的には問題なかったようです。
P4用変換コネクタを使用しました。あとケースの冷却が心配になりましたのでだいぶ前に購入した12cmサイズのファンをケース前部からの吸い込みように
増設しました☆
2002年4月14日
結局GA-2000+は会社に持っていってISAバスを必要とする仕事に回されました。ちゃんと働いています。
2002年3月3日
PowerEdge 1300をデュアル構成にしたものの夏の温度が不安ではずしてしまい,1個あまったPentium III 450 MHzから発生したマシン。脱ASUSを胸にGA-2000+を購入したが,相当時間がたってから内蔵しているUltra ATA/66のインターフェースが故障していることに気づいた。なんで気づかなかったかというと,使わなかったから。なにしろSolaris 8入れて走らせていましたから・・・。
さて,1〜3号みな440BXなので部品交換が横行しています。現在これにはPentium III 600 MHzが入っています。それからDellのPowerEdge 1300につけていたAHA-2940U2WとPowerVault 100をそのまま移植しました。また,無線LANと有線のルーティング,名前解決のためのDNSも走っています。知らないうちに新しいサーバが自作機とい うことになってしまいました・・・。回転数が5400 rpmのハードディスクを入れているため,非常に静かにファイルサーバ,FTPサーバ,DNSサーバ,ルーティングの仕事を黙々とこなしてくれています。
2001年8月15日
5号の静音化をうけてかなり自発的にのに子が改造に着手。こちらも別のページ。
2004年5月3日
諸般の事情でメモリが2GBに増えていることをのぞけばわりとそのまま使っています。
2004年3月27日
Power Edge 1300が,もうずいぶん前に買ったマシンにもかかわらずIntel
Solaris最後の砦として使用されてきました。しかし,コンパイルに時間がかかるだの,起動に時間がかかるだのいろいろいわれてきたマシンでもあり,
思い出深いもののそろそろ「現役」を引退して頂かなくてはいけないと思い始めました。で,作ってみました。目標はIntel Solaris
9が特別手を入れなくても動作するマシンです。
最終的な構成は,次のようになりました:Celeron 2.7 GHz, Memory 1024 MB, HDD removable (IDE), LAN
Intel Pro 100+, DVD multi write。Solaris, Graphics環境および開発Windowsの,のに子の仕事をすべてHDDを交換するだけで満足できるようにしました。Mother
boardはIntel D865PERLにしました。以前は非常に高価だったIntel製もさして変わらない値段になっていたところに惹かれてしまいました。隣には型落ちの845が二束三文だったんですがね。Graphic
boardはATI Radeon 7200を以前から所有していたものを流用。
2003年10月19日
さらに追加実験してみたので軽く報告。3Comのウェブサイトから,実はドンぴしゃの905B-TXのドライバはなかったんだけどにたようなやつを落としてきて入れてみました。動きませんでした(泣)。仕方ないのでPowerEdgeで動いていたIntel EtherExpress Pro100+を持ってきましたが,これも動作しませんでした。そうするとASUS TUSL2-Cが相性悪いのかな。で,結局Windowsが動作しているのですが。
2003年9月21日
テスト環境として使用していたCeleron 1.0GHzの環境を移す場所がなくなったのでケースとちょっとした品物を購入して作りました。x86 Solarisを入れようとして3Com 905B-TXがいうことを効いてくれなかったりもしましたが,Wake on LANは動作しました。あとは余っているAlbatronのマザーボードをどう利用するかだが,とりあえずもうTV専用機をもう一台製作する予定なのでこれに当てようかな。
2003年05月25日
下記TVチューナーの件は続きがDimensionのところに書いてあります。
で,このマシン,ガワと電源とCPUファンを交換しました。メタクソ重かったケースだけど,ネジが不要になったしかなり静かになったので割りと電源つけっぱなしで気にならない感じになりました。
静音化とケース交換等はページに書いてあります。ついでなんでToshiba製のDVD書き込みできるやつにしました(SD-R5272)。付属ソフトがNeroで,インターフェースが今まで使っていたB's
recorderやWinCDRとずいぶん異なり使うのに若干苦労しました。
で,グラフィックボードもそういえば交換したかも。GeForce4 Ti 4800 SEというやつ。別に3Dをやるわけではまったくないのですが,こいつの冷却ファンが非常に静かで助かっています。Eizo
FlexSca L465があまっていたので2枚使用しています。
2004年5月3日
最近すごいことを知ってしまった。ELSA-VISION
400TVだったかを使っているが,これが実はなぜか録画時に録音されていないのであった。で,別の3号に入れてみたらあっさり動作して,ちゃんと録音も
できたことから,3号,5号ともに再インストールして,5号をのんのんデスクトップマシンとして使用することにした。
もともとこんなことをする羽目になったのは,のに子が録画もまともにできなかったためなんだよな。まあこれを機にいろいろな番組をきちんと録画できるようになるわけだから非常に良いことではある。このマシンとは話題的には関係ないですね。プ。
グラフィックボードはMatrox Parheliaに交換しました。
2004年1月2日
すみません。この前、一度触ってオチられ、再セットアップしてもらってもう一度触ったらまたオチられたので、ちょっとビビってました。のんのんはと ても普通に使っているのに、なぜわたしが触るとオチるのか・・・でもこの前スピーカつけて試聴したときはちゃんと動いてくれたから、これから触ります。
余ったAlbatronのマザーボードと適当にいろいろ買い足してもう一台のTV/Audioマシンとしました。隣にBlade 100があるので,よくBladeで使うデモソフトのPDFマニュアルを開くマシンになっていたりもします。Celeron 2.3GHz, 768MBのメモリというかなり豪勢な使用になっています。一応のに子のグラフィック環境としても使用できるようにとの配慮ですが,今のところ一度も使用されていないようで少々悲しい感じです。
2003年9月21日
のに子4号を大幅改造した際に,引退に追いやりました。お疲れ様と。まあ↓にかかれた内容の分だけ歴史があるわけですなぁ・・・。
2003年10月19日
現在「UNIX USER モニターレポート」でSolarisを入れられたりLinuxを入れられたり、失うものは何もない実験用マシンとして使われています。
2003年09月22日
いろいろ試した結果x86 Solaris 9の動作する環境というのが我が家にはPowerEdgeしかないことがわかったので,サーバ業を解任してSolaris環境とすることにしました。サー バはFAX・ファイルサーバとして使用するにはあまりにパワフルすぎるT21に移行しました。
2003年05月25日
さらに状況が変化しました。のに子がBladeで開発していたjspな家計簿をほぼ形にしてWindowsへの移植をテストしてみたところ,何の変
更もなしにSolarisでコンパイルしたものがWindowsで動作したとのことで,いよいよWebDAVと相まって再びPowerEdgeをサーバと
する計画を立てました。しかし今度は起動の遅いWindows NT 4.0 ServerではなくWorkstationにすることにしました。
動作確認も行い,Apache (WebDAV), Tomcat + MySQLで現在運用中。
2003年3月23日
と,思ったらUltra 10を購入してしまいましたのでまたWindows NT 4.0 Serverに戻しました。ちゃんと動作しており,バッテリーメーターなど表示されないので快適です。
2002年3月3日
ごく最近無事にサーバーとして復帰しました。
というのも,最近のSolaris熱を受けてサーバーをSolaris
8にすること,クライアントにもUNIX系OSを導入することを推進する方向で検討しているうちにどうしても無線LANアクセスポイントの購入がさけられ
なくなり,ついに購入してしまったためです。そんなわけでSolaris
8にSambaを入れてWindowsとのファイル共有を行いつつ元気に働いています。
2001年12月8日
無事に夏を乗り切りましたが,紆余曲折がありました。冗談半分にRAIDを組んでいたのですが,ハードディスクが何となく小麦色になっていたり,突 然の停電でミラーリングがはずれたりとトラブルが続きましたのでこまめな分散バックアップを心がけることを誓い,RAIDを解きました。
その後サーバ職を突然解任されいまのに子のSolaris 8 for Intelを入れられて日々おもちゃにされています。そんなこともあり,ハードディスクは1個しか入っていません(一時は4個入っていたのに・・・)。そ れでも家計簿をWebDB化する計画で電源入れっぱなし状態が続いています。ご苦労様です。
2001年8月15日
うちのファイルサーバです。直販ってヘタなパソコンより安くサーバマシンが買えるんですね。
毎朝夫を送り出してから電源を入れると、RAID組んだ4台のSCSIHDDがひゅんーひゅんーひゅんーひゅんーと順に回り出し、ゲーッゲゲーッと快音を響かせます。去年秋に買ったんですが、今年初めての夏を迎えるんで、熱対策がちょっと心配。
2000年5月25日
飛騨の実家へ旅立ちました。特にクレームが帰ってこないところを見ると特に問題は起こっていないのでしょう。よきことです。
2002年3月3日
近頃だいぶSolarisに慣れ親しむようになったのに子ですが、SolarisのPowerEdgeに築き上げた家計簿WebDB環境は壊した くないので、開発用のSolarisマシンとして買ってもらいました。かのオリックスレンテックさんがソフマップの中古にまわしてくれたものです。値段は 40,000円とかなりのお得。マウスやマニュアルにでかでかと貼ってある「必ず返却してください、オリックス・レンテック株式会社」のシール、わたしは こういうのをブランド視して買い物カゴにつけて威張って見たりするんだけど変わってますかッ?・・・PenIII450,NICは3com,グラボは ATI RageProで、要するにSolaris8がビシッと入ります!ちなみにプリインストール(されてなかった。CDだけついてきた)はNT4.0WSでし た。こういうなんて言うんでしょう、パソコンではあってもホームパソコンではないマシン、初めてさわったんですがいろいろ勉強になりました。それは「Hardware雑記」に記してあります。
2001年9月20日
グラフィックボードを一度Visualize FX4からATI Radeon 7200に交換したらかなり早くなったのですが,のに子3号を会社に持ってく必要が出てきて,こいつからATIをはがして持ってきました。結局また Visualizeに戻したのですが,開発環境としてA30pを購入してしまったため,また少し遊んでいます。使用する計画はあるのですが,まだ実現には ほど遠い状況です。
2002年11月23日
仕事でKayakの別機種は使ったことがありましたが,何しろ「ブランドイメージ」がありますから・・・(内輪ネタで申し訳ありません)。HPのマ シンはサーバとしても実績がありますし,中古ということもあり価格もお手ごろ,これを買わない手はないと思い購入にいたりました。調べているうちに定価で 160万もする高級機種だったことがわかり,ちょっとお得感が。
いまは開発環境として使用しています。開発環境にVisualize FX4はいらないって。
2001年8月15日
↓のようにいわれていながらあっけなく一度別の用途に使われてしまいました。そのときソースファイルが一部消失しましたが,まあ別にいいでしょう。現在はDVD-ROM / CD-RWドライブを装備させられて(薄型のドライブです。東芝の)Red Hat Linux 9 OKになりました。どうなることやら。
2003年10月19日
最近こいつに入れたRed Hat Linux7.2で、SL-C760用Javaアプリケーションのパーフェクトな開発環境を整えたので、とうぶんこいつあ〜動かせねえな!興味のある方は姉妹サイト「主婦ジャバ」を見てネッ!
のに子が一台のマシンをリムーバブルラック(HDDをがちゃがちゃ入れ替えるやつ)を使っていろいろ使い分けていたのですが,どうしても複数台で作
業したくなり,ひとまずやすいものでと購入した一品。最近浮いていたマシンがTVマシンになったりという傾向があり遊べるものは減少傾向にあったのでやや
当たり前の流れかも。今のところRedHat 7.2を入れて遊んでいます。基本的にはLinux Zaurus SL-C760の遊び友達。
RedHatが動いたので調子に乗ってSolaris 9をインストールしようとしたらうまく動作しませんでした。どうするかなぁ。
別のコーナーで書いているように,こいつの標準オプション品として選ぶことができたTVチューナーではTVゲームが遊べないことから結局ロープロ ファイルに対応したTVチューナーELSA EX-Vision 400TVを使っています。録音できなかった件はディジタル出力が得られないためでした。Optical outをつかって外部スピーカへと接続しているPCとそうでなかったPCの違いでした。今のところ落ち着いて使っていますが,やはり音楽再生時に明らかに 音質が変わるので少し迷っています。まあPCに音質を追求するものではないというのはわかっていますがね。
2004年5月3日
20"の液晶モニタに付属すると言われるPCである(<だから違うって)。液晶モニタはのに子がサクッと奪っていったので,TVチューナーボードをつけてTVマシンとして使ってみようとしたが結局うまくいかなかったりもした(詳しくは専用のページへ)。TVマシンは前からウェブアプリケーションサーバとなっていたが,同様にこいつに引き継いだ。Pentium 4はそれなりに活躍しているらしく,TVをみている間のCPU使用率の低さはさすがというべきだろうか。